アスペルガー社会人のBlog

知識が先か、経験が先か

上司とずっとかみ合わないことがある。

自分は後輩は知識をつけてから障害対応経験したほうがいいと思っている。
知識がなければ経験しても対応できず意味不明で終わるだけと思うからだ。

しかし、上司は知識がなくてもとにかく後輩に障害対応経験をさせろという。
経験値があがらなければ上手な対処ができないという。

自分はアスペルガーだから知識武装しておかないと障害対応出来ない。
以前知識ゼロの分野で障害が起きたとき、自分は完全にパニックになってしまった。
しかし、定型は知識ゼロの分野でも、経験値さえあげれば障害対応できるのだろうか。
定型上司の話は、自分の経験とまったく一致しないのである。
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by abcde354 | 2011-11-19 18:43 | 社会適応 | Trackback | Comments(18)
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Commented by ちむ at 2011-11-19 18:35 x
知識ゼロでは無理ですが、知識武装してなくてもできます。
問題の本質を限られた情報から推定し、必要な知識を効率よく調査して、対応するまでです。
Commented by こしゅこまま at 2011-11-19 20:29 x
この話題、私がこちらのブログを拝読しているここ数年の間でも、再三再四、記事になさっていらして、その度に読者の皆さんから的を射たコメントが寄せられたのに、率直に申し上げると全く進歩がありませんね。先日の記事でアスペルガー経理職さんがコメントしておられた通り、自分の判断軸で解を出すだけで他人(=上司)の発言と向き合っていない状態に、またも陥っておられるように見受けられます。とうふさんの自閉度の高さ=連想の範囲の狭さを改めて認識し、とうふさんが定型の社会で暮らしていく上で抱えておられる困難がいかに大きいか、僭越ながら深く慮っています。
Commented by こしゅこまま at 2011-11-19 20:29 x
とうふさんは、ご自身が定型とは全く異なる感覚・認知を持っている、と仰る一方で、定型上司の助言が自分の経験から得た認知と全く一致しない、と悩んでいらっしゃいますが、ここに矛盾があることにお気づきになりませんか?少数派たるAS当事者の認知が、多数派=定型の認知とかみ合わないことは、むしろ当たり前と言っても良いのではありませんか?そして、とうふさんが働いているいらっしゃる職場が定型の社会である以上、定型上司の認知の方が概ね妥当であるケースの方が多い(上司の方が誤認している可能性もゼロではありませんが)のではありませんか?
ご自身の認知にはズレがあることを受容した上で、多数派=定型の認知に違和感を持ってしまうご自身の『アスペルガーとしての感覚』を、いかに合理的に定型社会に順応させていくかが、とうふさんが取り組むべき課題だと私は考えますが、いかがでしょう?
Commented by こしゅこまま at 2011-11-19 22:35 x
蛇足かもしれませんが、定型の認知を『暗記する』だけでは、『ASとしての感覚』から生じる違和感を払拭することはできませんし、違和感が嵩ずればストレスを生むことになります。『ASとしての感覚』からスタートしつつも多数派=定型と同じ認知に帰着できる合理的な「連想のパスウェイ」を構築することで、従来ご自分が持っておられた判断軸を修飾ないし修正しない限り、『ASとしての感覚』を抑圧することなく定型社会に順応させることは難しいと私は思います。
Commented by アスペルガー側から at 2011-11-19 23:24 x
お邪魔いたします。
なんだかすごく良くわかる話だと思いました。
定型の世界はみんなで協力しあうのが大前提なのだと思います。失敗したとしても誰かに聞いたりやり直したり、(これがアスペルガーにとって苦手ですね)それが(良心的な)チームならば当たり前なのだと思います。
かえって一人でそつなくこなしてしまうと、何でも出来るんだと思われたり、或いは可愛いげがないと邪推されたりします。当人は水面下で必死にバタバタしてるんですけどね。
Commented by つづき at 2011-11-19 23:25 x
なので、上司の言葉には経験させて失敗から学ばせろということなのではないでしょうか。どんな人でも経験し実感して学んだものに勝るものはありませんし、ただやっぱり定型の人は大ハズレな間違いは犯さないというのもありますね。
アスペルガーのものはコツコツやっていくしかないのかなぁと思ったりします。
Commented by S.H. at 2011-11-20 09:25 x
私は当事者です。知識で知り得ない物を、どういう仮定にもとづいて
把握するのか、というのは、アスペルガー当事者にとってみれば大変哲学的な
問題だと思います。当事者は、人間という知識では知り得ないものを、ある種の哲学として理解するしかないと私は思います。
人間は、小さな失敗やトラブルであれば、その自分の経験を使って処理する事が出来ます。これもまた、哲学です。
しかし、取り返しのつかないような大問題を起こす恐れがあるレベルの人間なら、その処理すら任せられません。その『レベル設定と可否判断』もまた、哲学です。
この哲学に照らしあわせて、部下への責任委譲といった、対人的なものごとに一定量の柔軟さと確からしさを備えて対処できるようになることを、定形の方は「認知」と呼ぶようです。
Commented by アスペルガー経理職 at 2011-11-20 14:37 x
>こしゅまままさんへ

お願いがあるんですが、とうふさんをあまり責めないで下さい。
とうふさんはAS障害者だから言ってもわからないことがあるんです。
多分とうふさんを責めても混乱するだけで、理解することはないと
思いますよ。
Commented by junseok at 2011-11-20 16:28 x
こんにちは。
先にタイトルに答えたいと思います。僕は「知識が先、経験が後」だと考えます。知識もないのに飛び込めば玉砕しますし、スポーツだったら「負け」の確立が高いものです。もし上司がそうした言葉を口にしたら「大将にそぐわぬ発言」であると感じます。なのでまず念入りに準備を行い時期を見て、行動に移すが理想ではないでしょうか。ですがそうしても上手く行かないことは多く有ります。そうした時考え、その考えを「経験」と収めるのがいいのではないでしょうか?
Commented by ちなみに at 2011-11-21 08:41 x
ちなみに俺はADHDなんだが、
経験が先じゃなきゃ、ダメだな。
それも、難しい分野であればあるほど。

先に知識を身に着けて勉強しようと思っても、
実際に経験してないと、かなり他人事としてしか考えられない。
だから、勉強しても上辺だけで、実践では役に立たない。
だから、何が分からないか、分かっていないかを知るために、
現場に出ることが物凄く重要だ。
定型も、自覚はなくとも、似たところはあるのではないかと考えてるよ。

似たようなことで考えれば、
お金を払って塾に行って勉強するよりも、
お金を貰って塾で教える方が、数倍勉強するでしょ。広さも深さも。
とんちんかんな例えだったらごめんね。
Commented by takayama at 2011-11-23 03:23 x
こんにちは。
経験が先か知識が先かというのはおそらく人によるのではないかと思います。
経験から先にやってうまくいった人もいれば知識から先にやってうまくいった人もいると思われますので
どっちがいいというものでもないような気がします。
会社のことなので実際に可能なのかどうかはわかりませんがその人個人にあわせたやり方でやるのが一番いいように思います。
Commented by スコブル子 at 2011-11-23 10:15 x
私的には、知識が先なのですが、知識⇔経験とやりながらするしかないです。
それで進歩しないと云うなら、それで大いに結構―他人のペースに合わせ過ぎて自分を壊して、多大な破壊にならない事こそ、大いなる進歩だと思います。
批判はいいですけど、考え方や特性を責めるのは将来がないのと一緒なのではないでしょうか。
Commented by お初の人 at 2011-11-23 10:23 x
こんにちは。初めてコメントさせて頂きます。
ブログを拝見すると「知識か経験か」どちらかを選ぶと、どちらかを諦めなければならない様なイメージを受けますが、私は「経験をする=知識が増えない」ではないと思います。
実務をしながら必要な知識を上司や先輩から吸収し、足りないと思う知識は空き時間や家で勉強することで、仕事を覚えていく。これをひっくるめて経験なんじゃないかなと思います。
企業の教育訓練の方法に「OJT」という手法があります。ひょっとしたら上司さんはOJTのような教育手法をイメージしているのかもしれませんね。

ちなみに仕事を教える上で「知識が先か、経験が先か」と聞かれたら、私は「仕事の内容(難しさ)によって変える」と答えます。
Commented by マルス at 2011-11-25 03:39 x
こしゅママさんが定型代表の教師のように語っておられて、
私にはこしゅママさんも発達障害的に感ぜられるので不思議です(スミマセン)。
定型的な総合的人格というよりは
ADHD的?キャラクター?
『文章のための文章』のようなところ、目的主義が行きすぎて人間的総合性から逸脱しがちなところなど。

また、こしゅママさんは、いつもシミュレーション情報を書かれている印象(権威的精神科医が言ったことや最近読んだであろう書籍からの情報や新知識をもとに)がします。
ご自身のシミュレーションで出した答えに合致しない場合の不寛容さというか理論の正当性へのこだわり?というかを感じます。

とうふさんは、今自分が解をだせる精神・健康状態かどうかも一応疑う必要があるような。
定型でも誰でも仕事で過労のときは思考力が下がり、偏狭になったりしますし。体調はいかがなのでしょうか。

このブログの有意義さは、権威的精神科医の理論や教科書的な知識ではなく、
とうふさんや読者さんの経験から産み出された生きた知の部分であると思います。
とうふさんは理論だけでなく経験の人のように思えますが。

Commented by マルス at 2011-11-25 04:35 x
答えは既存せず、とうふさんがいまから創造(クリエイト)する、産み出すものだから、
堂々巡りの悩みも実は歩みの遅めな産みの苦しみなのかも?
Commented by マルマル at 2011-12-03 23:01 x
定型の体験型学習法に「やってみて考える」という方法があり、まさしく、とりあえず体験や体感してから「そうか、こういう感じなのか、こういう事なんだな」と、体験を通じて得た思考や発見を学びとして身につけることは・・・よくあることです。
いわゆる、体得ですね。
その点、ASの方は「やってみて考える」の「考える」の部分が不得意かも知れませんね。

さて、こしゅママさんのコメントは「何度も同じ所で同じ転び方をしていますよ」というアドバイスに感じられるのですが、ASの方には定型の一生懸命さがときに、叱咤や悪意や上から目線に感じられるよ
うです。親身や懸命さのニュアンスが伝わらないのは残念です。
Commented by アスペルガー経理職 at 2011-12-05 21:07 x
上の方でとうふさんを「責めないで下さい」と書いたアスペルガー当事者です。
ちょっと考えが変わったのと、とうふさんには失礼なコメントになるかもしれないけど
ご容赦ください。とうふさんの問題は人の意見を受け入れた、聞いたという気持ちを出さない点にあると思う。いつも自分の行動軸で動いてるような気がする。自分がアスペルガーの障害を持ってる性だと思うけど、とうふさんと気持ちを共有することは難しい。それにとうふさん、悪いけど何を言っても進歩しないで、中年や初老になっても、同じ琴を繰り返しているような気がしますよ。自分は、社会で少しづつ愛される方法がわかってきました。とうふさんも人の意見を利いて革命的に人格変えることを願います。それでは
Commented at 2012-03-07 11:12 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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成人アスペルガー症候群当事者とうふ(2006年確定診断済)が綴る、アスペルガー的社会人生活。
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