アスペルガー社会人のBlog

自己評価と他者評価のずれに対するアスペルガーなりの対処法

アスペルガーではよくあることだが、自分も自己評価と他者評価のずれが大きい。

自分ではあるレベルに達していると思ったことが他者評価だと全然達していなかったり、
自分では全然出来ていないと思ったことが他者評価だと出来ていたりする。

アスペルガー診断前は、自分自身評価のずれに相当苦しんだ。
何故出来ていることが評価されないのかフラストレーションが溜まって
他者に対しても冷静に対応出来ていなかったと思う。

しかし、今は評価のずれを許容出来るようになってきた。
アスペルガーは自己評価と他者評価がずれるという認識を持っていることが大きい。

今でも、評価のずれを知るとそれが良い方向でも悪い方向でも衝撃を受ける。
ただ、主治医やPSWに受け止め方や対処法を相談することが出来るようになってきた。

また、評価はずれるという前提のもと、定期的に自分から他者評価を伺うようにしている。
信頼おける方からの評価を伺い、自分の認知を修正するようにしている。

アスペルガーは客観視が弱いので、独力で認知のずれを修正するのは難しいと思う。
ただ、自分は認知がずれるという認識を一回持てれば、
他者評価を自分から伺うといった行為を行い、ずれを修正することは出来る。

だから、アスペルガーの周囲にいる方は本人に認知のずれを伝えて頂けると有難い。
それがご自身もアスペルガーも楽にする道だと思う。
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by abcde354 | 2012-11-25 00:07 | 社会適応 | Trackback | Comments(6)
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Commented by たもし at 2012-11-27 22:28 x
はじめまして。私は昨年の6月頃にアスペルガー寄りの発達障害と診断されました。
診断されるずっと以前に、「褒められると不機嫌な顔を顔をするよね」、と知り合いに言われた事があります。
たしかに自分でも自覚がありました。
なぜならそれは、評価してほしい所と違う部分が褒められる事が多いからです。
そんな工夫もなにもない平凡な部分を評価しないで、こっちの方を見てほしかったという思いになる事が多いです。
今回のblogを読んで理由が分かり、他者からの評価に対するモヤモヤ感がようやく晴れました。
Commented by can at 2012-11-28 21:58 x
こんばんは。
たもしさん
とうふさんの記事に寄り添うすてきなコメントです。

>「褒められると不機嫌な顔を顔をするよね」
おおいにうなづけます。

私も妻もアスペっぽいです。そのため、ほめると不機嫌になることが多いせいか
夫婦仲がしっくりいっていません。

とうふさん
自己評価と他人評価のすりあわせも必要と思いますが
他人のための人生でなく、自分の人生であることを思うと
ある程度は気にしない姿勢もひつようかなと思います。

こだわりや、人のしない発想、集中力など
企業がアスペの底力を認める未来が来るといいですね。




Commented by マルマル at 2012-11-29 12:42 x
ASの方は「相手からの褒め言葉が自分にとって正解か不正解か」で判断するタイプの人が多いのでしょうかね。
定型の多くは、意図も意識もしない部分を誉められると、自分の良さを新発見みたいな気分になって、自信や嬉しさがプラスされると思うのですが。

他者から見てどう感じるか・・・ここの視点が弱いということを自覚されて
【定期的に自分から他者評価を伺うようにしている。信頼おける方からの評価を伺い、自分の認知を修正するようにしている】という、とうふさんの客観的姿勢は素晴らしいと思います。定型も見習うべき姿勢ですよね。

Commented by ジョンキル at 2012-12-01 14:09 x
マルマルさん、
「相手からの褒め言葉が自分にとって正解か不正解か」で判断することに、アスぺと定型の差はないような気はします。アスぺの多くが苦手とするのは、その場ではにっこり「ありがとうございます!!とってもうれしいです~。」と言っていたのに、その相手が立ち去った途端、周囲の友人と「あの人わかってないよね」「そうだよね」と盛り上がったりする人を見るような場面ではないかと思います。(定型が皆そういう行動をとるわけではありませんし、アスぺの中にもこのような切り替えができる人もいるのかもしれませんが。)
私も、例えば、納期を守ったことに対して評価してもらってもあまり嬉しくありません(納期を守るのは当たり前なので)。でも、もし、自分ならではの細部への配慮を怠らなかった結果、他の人が陥りがちな落とし穴を回避したからこそ納期に間に合わせることができたのだとしたら、そこを評価してもらいたいと思います。多くの人には見えにくい部分なのだから、認めてもらえなくても仕方ないとわかっていても、やっぱりがっかりする気持ちは止められないです。
定型の方にもこういうことはあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
Commented by マルマル at 2012-12-02 09:39 x
ジョンキルさん、こんにちは。
ジョンキルさんの前半のコメントは「定型は何故、裏腹な行為が瞬時に出来るか」という別テーマになろうかと思います。
褒め言葉に対しては、定型の多くは、自分を取り巻く360度のどの視点から褒め言葉を受けても「そこ核心だからドンピシャ嬉しい」から「自分が頑張った点では無いがまぁ、誉められて悪い気はしない」という、曖昧な嬉しさまで幅広く受け入れられるが、自閉圏の人の多くは「そこちがう」と精査の枠がもっと狭いような気がするのです。そこの「褒め言葉の受け入れ容量」を言いたかったわけです。

褒め言葉に対して定型は「光栄だ!」「心底嬉しい!」「なんだかくすぐったい」「しみじみと嬉しい」「仲間の手前、あの人解ってナイヨネと言ったけれど、本音は嬉しい」など、多彩な喜びの種類があります。

誉めてもらいたいポイントを全く誉めてもらえなかった残念感や「そこかよ」と期待はずれな部分を誉められた脱力感も、もちろんありますが、そこも含めて・・という前提でコメントしてました。解りずらかったですかね、言葉足らずでした、ごめんなさい。

Commented by ジョンキル at 2012-12-02 14:45 x
マルマルさん、

ご返信ありがとうございました。
とうふさんのブログを拝見していても、アスぺの知識が広まるにつれ、本当は定型にもあることなのに何でもアスぺに結びつけてしまいがちな風潮があるのではなかと気にかかっていたので、敢えて質問させていただきました。アスぺも褒められたら悪い気はしないですから(逆に、内容関係なく相手の言葉の調子のみに反応してしまって機嫌がよくなったり悪くなったりするアスぺもいますよね。私の父がそうですが。)。

うーん、でも、自分自身を振り返ると、曖昧な嬉しさよりも期待外れのがっかり感が勝ってしまう場合が多いような気がします。「褒められて嬉しく思いました、でもこの点ははっきりさせておきたいんです」といった感じでしょうか。(確かにこう書いてみると相当ウザい行動ですね。)

それが、客観的には「自分にとっての正解を精査する」ということになるのですね。なるほど、よくわかりました。どうもありがとうございました。
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成人アスペルガー症候群当事者とうふ(2006年確定診断済)が綴る、アスペルガー的社会人生活。
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