アスペルガー社会人のBlog

再び役割を演じることを考える

ネットサーフィンをしていて、再び役割を演じることについて考えてしまった。
契機となったのは下記の写真。
「マレフィセント」という今年7月に公開されるディズニー映画の予告写真で
写っているのは主人公の魔女「マレフィセント」だそうだ。

「マレフィセント」というのは元々「眠れる森の美女」に出てくる悪役魔女だそうだが
自分は「マレフィセント」という魔女も「眠れる森の美女」の物語も知らなかった。
それでも、自分はこの写真に一瞬にして引き込まれてしまった。
不気味な空気感に、異様な目力に、何なのだろうと思ってしまった。


では何故この写真が役割を演じることに結び付いたかといえば、
仕事が出来る人は一瞬で相手を引き込む力を持っている、と最近感じるからだ。
「この人についていけば大丈夫」「この人なら安心して任せられる」
自分が尊敬する人の多くは短期間のうちにそういう感覚を得られた人だ。

映画の役にしろ実社会の仕事にしろ
相手を引き込む演技というのは変わらないのではないかと思っていたのだが、
では、何が出来れば相手を引き込めるのか、が分からずにいた。

b0103034_2043787.jpg

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by abcde354 | 2014-05-04 20:08 | ひとり言 | Trackback | Comments(6)
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Commented by とり at 2014-05-05 18:55 x
アスペルガー症候群当事者です。他の方の心に響くには、お気づきかもしれませんが、相手を理解しようとしているかが鍵になると思います。例えば、劇場ではオーバーリアクション、普段の仕事等では最低限立ち居振る舞いに気をつけるのがいいのではないでしょうか。ですが、私も含め広汎性発達障害当事者の場合、どうしても人とのやりとりがうまくいかないことがあります。支援者の中に、一定の基準に当てはめようとしているのではないかという感じのする方がいらっしゃいます。当事者は他の方のペースに合わせるのが苦手なので、もっとご配慮いただければと思います。私ごとですみませんでした。
Commented by ROMから一言その1 at 2014-05-05 22:25 x
視覚過敏を訴えるASD当事者さんは、視覚野で受容した視覚刺激を、まずワーキングメモリへ、更には長期記憶へと移行する際、(定型多数派は無意識にやっている)大事でない部分の解像度を下げたり、動画のフレームレートを落としたりすることで、“メモリ容量”を低くするのが苦手なんじゃ……と考察してます。つまり、余計な部分まで精細に見え過ぎる認知ゆえに、ワーキングメモリが容量オーバー&長期記憶への蓄積も支障する、と。

で、今回のMaleficentの写真ですが……
Commented by ROMから一言その2 at 2014-05-05 22:26 x
纏った衣装は非常に印象的なデザイン、かつ黒一色。彫りの深い整った顔立ちに、濃いアイメイクで縁取られた翡翠色の瞳と深紅の唇(互いに引き立て合う、反対色の組み合わせ)。そして、最も重要なのは背景(恐らくは、パーティーに招待された大勢のお客達)が極端にぼかされている点。すなわち、大事な部分のみ解像度が高く印象的である一方、余計な視覚的“雑音”は抑えられた、ブログ主さんにとって、謂わばバリアフリーな画像だったんじゃないかな〜と思います。

ブログ主さんが尊敬する皆さんは、視覚的非言語コミュニケーションの“雑音”(例えば、余計な身振り手振り・顔の表情など)が少なく、滑舌良く喋る(表情筋も必然的にキビキビした動きになります)故に、ブログ主さんは安心感を得たのかなぁ、と妄想してます。そのような態度は同時に、定型多数派にとっても、堂々とした信頼出来る印象を与えますので、結果として『相手を引き込める』のだと私は考察しましたが、いかがでしょう?
Commented by abcde354 at 2014-05-06 23:50
コメント有難うございます。確かに映画「マレフィセント」関連の写真を見ていると、全て背景がぼんやりしていてバリアフリーな画像ですね。分かり易かったのかと納得しました。

改めて考えると、自分が尊敬する人は、聴覚(言葉やその話し方、トーン)だけで何が言いたいか分かる人が多いように感じます。聴覚だけで相手を理解できるので楽なのかもしれません。
Commented by ROMから補足 at 2014-05-07 16:38 x
なるほど〜!じゃあ、ブログ主さんがどうにも苦手になさっている『現上司(=元先輩)』氏は、視覚的非言語コミュニケーションの“雑音”が多くて、聴覚だけでは何が言いたいか分かり難い人、なのではありませんか?

定型多数派は、彼のそんなキャラクタを全く別の観点から「愛嬌がある」とか「話が面白い」と高評価する事も出来る。けれどブログ主さんにとってはコミュニケーション上の障壁が髙過ぎて、良さが分からないどころか不安・不快になってしまう。

とは言えASDを御存知でない『現上司』氏からすれば、他の人が長所と評価してくれている自身のキャラクタが、まさかブログ主さんにとって然程に大きな支障になっているとは、思いも寄らない事でしょう。仮にブログ主さんが要望を伝えたとしても、「他の人たちは高評価してくれているのに何故?」と、現状ではその意義を理解して貰う事さえ難しい。

この辺が『社会は積極的に弱者(=少数派)を守ろうとはしない』所以なのでしょうね。
Commented by abcde354 at 2014-05-17 19:59
有難うございます。視覚的非コミュニケーションが多いのかは不明ですが、その仮説を持ってあたってみることは有益かと思いますので、試してみます。
<< 『テトラポッドに札束を』 和佐 大輔 アスペルガーの誤学習の問題 >>


成人アスペルガー症候群当事者とうふ(2006年確定診断済)が綴る、アスペルガー的社会人生活。
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