アスペルガー社会人のBlog

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必要な時に定型な人を「演じる」、ということ

自分はどんな人を演じたいのだろうと考えていてふと気づいた。
必要な時に定型な人を「演じる」こと、
それが出来ればアスペルガーも社会生活を送れるのではないかと。

自分はこれまで定型の行動を真似しようとしてきた。
・相手の目を適度に見て話す
・独り言を言わない
・笑顔で話を聞く
こんなことを心がけてきた。

ただ、行動を真似するのは限界があった。
どのような時にどのような行動を取るのかのパターンは数知れず、
覚えても覚えても新たなパターンが出てきてしまうのだ。

しかし、感じ方や考え方を「定型」に出来れば
ある程度行動も決まってくるのではないか、と思い当たった。
定型の感じ方や考え方を学び自分のモノとしてしまえば、
俳優が素の自分とは全く違う役を演じられるように、
アスペルガーも定型の行動を演じられるのではないか、と。

そして「演じる」のであれば、「常に」である必要はない。
「必要な時」だけで良いのだ。
社会生活上最低限必要な時だけ「定型」にスイッチすればいいのだ。

とはいえ、定型の感じ方、考え方をアスペルガーが習得するのは
並大抵の努力では済まないだろう。
俳優の役作りの仕方を調べていたのだが、
1舞台につき役作りノートが1、2冊は埋まるものだと書いてあった。
演技を得意としている人さえ1、2冊埋まるほどの試行錯誤をしなければいけない、
他者に興味が薄く下地のないアスペルガーな自分などは
何冊埋まれば必要最低限な演技が出来るのか分からないどころではない。

それでもやってみる価値はある気がしている。
定型の感じ方や考え方を習得できた時には、
自分の表現がとても幅広くなるような気がするのだ。
社会に対する理解がもう一歩深まるような気がするのだ。

定型な人を「演じる」ということ。
ターゲットを決めて、まずは役作りからやってみようと思う。
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by abcde354 | 2013-08-30 00:33 | 社会適応 | Trackback | Comments(5)

役割を演じるとは、部分を修正するのではなく人格丸ごと置き換えること

「役割を演じている人の気持ちが分からない」
「役割は細部まで徹底的に演じなければ意味がない」
という一連の記事を見てくださった方から、

”役割を演じるというのは部分を修正するのではなく、
感じ方から考え方、行動に至るまで
自分の人格を丸ごと役の人格に置き換えることだ”

というアドバイスを頂いた。

そういうことなのかと思った。

自分は、役割を演じるというのは
自分自身に何かを言い聞かせれば出来るのだろうと思っていた。
貞子でいえば「自分は気味の悪いお化けだ」といった具合に
自分自身に暗示をかけられれば演じられるのだろうと思っていた。

しかし、感じ方から考え方、行動に至るまで、
人格丸ごと役に置き換えることが演技、となると、
素の感じ方そのままの状態で暗示をかけても全く意味がない。


翻って自分が演じたいのは、前の上司が演じている上司像だ。
感情の起伏がなく常に安定して、いつ相談しても笑顔で答えてくれる上司だ。

自分は今まで前の上司が事象に対して
「どう行動しているか」は注意深く見てきたつもりだ。
しかし、それは表面上のことでしかなかった。
「どう感じるか」という人格の受け口の部分から感じ取っていく必要があったのだ。

役割を演じるということは人格を丸ごと素から役に置き換えるということ。
演じたい人が出てきたら、人格全体を感じ取るように注力したい。
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by abcde354 | 2013-08-28 03:34 | 社会適応 | Trackback | Comments(6)

役割は細部まで徹底的に演じなければ意味がない

ここ数日、1枚の写真に釘付けになっていた。
1枚の写真とは、リンク先の写真だ。
「役割を演じている人の気持ちが分からない」の中で取り上げた
映画「貞子3D2」イベント中に取られた写真で、
握手会の一風景を切り取ったものらしい。

貞子を演じている”誰か”はどういう気持ちで演じているのか、
少しでも理解出来ないかと調べている中でこの写真に巡りあった。

写真を見た最初、
髪の毛の間から微かに見える眼が黒く縁どられているのを見て
顔見られても良いように特殊メイクしっかりしているのかと思ってみたり、
容易に判別できるはずの鼻や口が見えないので白塗りしているのかと思ったり、
当日は雨だったのに腕から手の白塗りが綺麗な状態だなとか思っていた。

ただ、ずっと見ているうちに、この写真に釘付けになった理由が分かった。
演じている”誰か”の素が出てしまっているように見えるのだ。
素が出ていると自分が感じた1つの要因は手の指。
貞子はこちらの写真のように不自然に指を開き
引っ掻くような手の動きが特徴の一つだが、
釘付けになった写真は指が開いていない。
また釘づけになった写真は首の角度も人間が普通に取る角度で
こちらの写真のように下を向いたまま目を合わせないといった状態でもない。
釘付けになった写真は気味悪くも怖くも感じず、
肘のつき方を見ていると”誰か”はお疲れなのか?とすら思ってしまった。


そこまで見ていて思い出したのが前の上司から最近教えて頂いた言葉だった。
「自分は常に部下から見られているという意識を持っている」
「だから、上司として部下の前で疲れは見せないようにしている」
「だから、上司として部下の前で感情の起伏は出さないようにしている」
というものだ。

前の上司と前回仕事をした時、
自分はいつも笑顔で話を聞いてくれる前の上司を「神」ではないかと思ったが、
それは徹底して部下が接しやすい上司を演じてくださっていたからだと思い知った。
前の上司はボロを出すことなく徹底して演じてくださったから
自分は前の上司の負の面をみることなく心から信じて仕事出来たのかと思った。

役割を演じるならば、役割をしっかりと定義し、
その定義に沿って細部まで徹底的に演じなければ意味がない、ということを
前の上司の言葉とこの写真は教えてくれたように感じた。

皆様はこの写真をみて、演じている”誰か”の気持ちをどう推測されましたか。
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by abcde354 | 2013-08-27 23:13 | 社会適応 | Trackback | Comments(4)

役割を演じている人の気持ちが分からない

以前「役割を演じることの苦手」という記事を書いたが、
自分は演じるどころか、演じている他者の気持ちすら想像出来ないことに気づいた。

例えば、映画「貞子3D2」イベントで貞子が握手会をやった、
貞子を間近にして子供達は泣いていた、というニュースがあった。
貞子は”誰か”が演じているわけだが、
”誰か”はどういう気持ちで貞子を演じているのだろう?と考え込んでしまった。

考え込んだ末に何かしらの仮説が得られるのであれば問題ない。
自分の場合は仮説すら出てこないのだ。
”誰か”はどういう気持ちで握手会という舞台に立ち、
子供達を泣かせることが出来たのか?
自分は真っ白なキャンバスに何も描けないのだ。

演じている他者の気持ちを想像出来ないのは致命的ではないかと思った。
なぜならば、仕事において上司の気持ちを想像出来ないことと同義だからだ。
上司の気持ちが想像できなければ、上司の意に沿う行動は取れない。
想像力の欠如の根深さを改めて感じずにはいられなかった。

それにしても、貞子を演じている”誰か”はどういう気持ちで演じているのだろう?
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by abcde354 | 2013-08-25 20:52 | 自己分析 | Trackback | Comments(0)

アスペルガーな自分には「仲直り」という言葉が理解できない

アスペルガーな自分は「仲直り」という言葉が理解できない。
過去の嫌な記憶は、いつまでも同じ鮮度で残り続ける。

今の上司についても、最近嫌なことをされたわけではない。
直属上司となってから、彼は嫌がらせをしなくなった。
ただ、自分の中では過去の嫌な記憶が残っており、
今でも上司として認める気持ちはない。

自分は「仲直り」という言葉を不思議に感じていたが、
定型は過去が薄まっていくのかとコメントを頂いて理解した。
過去が薄まっていくからこそ、
「水に流す」といった言葉も出てくるのだろう。
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by abcde354 | 2013-08-24 17:41 | 自己分析 | Trackback | Comments(12)

アスペルガーは負の感情をプラスのエネルギーに転化出来るか

アスペルガーは負の感情をプラスのエネルギーに転化出来るか。

一個人の経験に過ぎないが、自分の場合は
「転化出来たこともあるが、打ちのめされることが多い」
という答えになるだろう。

自分の場合、大抵は負の感情に打ちのめされてしまう。
大学受験での失敗も大学卒業後まで引きづってしまった。
前向きに捉えられるようになったのは最近のことだ。

ただ、転化出来た経験もゼロではない。
前の上司との仕事が終わってしまった後、
またいつか一緒に仕事して次こそは認められたい
という一心から高度情報処理技術者試験の勉強をした。
今でも早帰り出来る日に勉強せずにはいられないのは
前の上司と続けて仕事出来なかった悔しさがバネになっている。

執着が強いと言われるアスペルガーにとって
負の感情が負であり続けるとそれは打ちのめされることになるが、
一度プラスに転化出来た場合それは大きなエネルギーになりうると感じる。
負の感情をプラスのエネルギーに転化させるという意識を持って
日々を送っていきたいと今回感じた。
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by abcde354 | 2013-08-11 00:18 | 自己分析 | Trackback | Comments(20)


成人アスペルガー症候群当事者とうふ(2006年確定診断済)が綴る、アスペルガー的社会人生活。
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