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愛のあるスパルタに、アスペルガーは感謝を忘れない

Kaienさんのブログに、
「スパルタと評されるKaienの就労訓練に、訓練生が高い評価をしていて驚いた」
といった趣旨の記事が載っていた。

アスペルガーな自分は、高い評価は当然と思った。
何故なら、アスペルガーは
「本人のことを思って叱責してくれる人」に出会える機会が少ないからだ。

アスペルガーは社会性が欠如しているために
幼少期から周囲に「うざい」「迷惑」といった感情を持たれており、
本人の事を思って叱責してくれる人にほとんど出会えていない。

自分自身も、自分のことを思って叱責してくれる人は
前の上司が初めてだった。
だから、叱責してくれた前の上司には今でも感謝を忘れていないし、
叱責いただいた言葉も一言も漏らすまいと書き留めていたのだ。

アスペルガーは自己評価が低いから
スパルタはマイナスと思われるかもしれないが、
決してマイナスにならず、むしろプラスである。
何故ならば、愛のあるスパルタをしてくれる人を強く求めているからだ。

支援者の方には、アスペルガーを甘やかさないで欲しいと強く願う。
Commented by ハピハピ at 2013-11-26 06:48 x
はじめまして。

気になったので一言。
リンク先の組織がやっているのは、適性を見極めた上での、本人に適した手厚い指導であって、スパルタとは全く異なるものだ。
元上司の方についても同様。

スパルタを推奨することは、不適応職種で苦しんでいる当事者を追い詰める結果にしかならないと、体験的に思う。

居酒屋の激戦地で、スパルタで御自身が「使えるホールスタッフ」になれるか?
介護現場の、サービス提供責任者になれるか?
極論を言えば、上司に取って代わる人材になれるか?

最低限、あなたの思うスパルタの「定義」を明示してやらないと、定型が誤解するので、御一考願う。

私の意見は冒頭の通りです。よろしくお願いします。
Commented by アスペっ子の父 at 2013-11-26 19:55 x
とうふさんのご意見にも、そしてハビハビさんのご意見にも、とっても考えさせられました。本当に難しいと思います。アスペだからできないことは仕方ないというのが、いつの間にかできることにも挑戦せずに、ASの人を駄目にしてしまう一方で、ASの子供や生徒を思いやる親や先生がASの子供を追い込んでしまうこと、「最大の支援者が最大の加害者となる」こともまた事実だと思います。
私は子供との接し方にいつも戸惑っています。他の子に馬鹿にされないように、仲間に入れてもらえるようにとの一心で、勉強やスポーツ教えてあげるのですが、よそ見をしたり、できないからいじけてしまうわが子をついついきつく叱ってしまいます。でも、それ以上に、大げさなくらい誉めてあげるようにしてます。他の子の何倍も時間がかかるし、親が教えてあげないとなかなかできないし、他の子と同じくらいうまくなるわけではないけど、でも、教えてあげるとそれなりに進歩があり、学校でも友達と少し球技などもして遊ぶようになりました。
それと、日々の生活の中で、精一杯愛情を表現するようにしています。
Commented by えんたん at 2013-12-04 00:08 x
お久しぶりです
私は逆に叱咤激励が苦手です。パニックや抑ウツ、SAD になりかねないのです。
人それぞれなので、何とも言えませんけど。
Commented by abcde354 at 2013-12-08 19:21
様々なご意見有難うございます。
信頼できない人からの叱責は自分自身もパニック、うつの原因にしかなりませんが、信頼・尊敬する人の叱責は自分の場合成長の糧になりました。「愛のある」と書いたのにはそういう意味もあります。
ASだからといって成長の芽をつぶしてしまうのは勿体なさすぎると思う気持ちと、今の特別支援やデイケアは甘やかして芽をつぶしているだけにみえる気持ちとがあり、あえて書かさせて頂きました。
なお、こちらのコメントには右の注意事項を守らずまた不特定多数に表示するには内容が不適切なものがあり、非承認にしているものがあります。
Commented by アスペっ子の父 at 2013-12-09 20:39 x
とうふさん、本当に難しいと思います。
私、とうふさんのご意見を読んで、わが子にも自分と同じ根性論が通じるんだ!わが子も力強く成長してくれるんだ!自分が経験したのと同じように厳しい環境においても、それを糧として成長してくれるんだ!とすごく嬉しく思いました。でも、ハビハビさんのご意見を読んで、まさに自分のような奴がASの人を追い込んでしまうのだと、とても反省したというか、頭をぶん殴られたような衝撃を受けました。
わが子には、叱責はせず、「君ならできる。自分を信じてやってみろ。どんなに遅くても一歩一歩やればよい。」という励ましをするようにしたいと思います。実際、叱責した後に、愛するわが子にキツイ言葉を言ってしまった自分に深く自分自身も傷ついています。だから、やはり叱責ではなく、励ましをあげないといけないと思います。そして、できて当たり前のことであっても、愛情いっぱいに誉めてあげようと思います。
わが子が将来、「お父さんは、できないことを一生懸命やらせて厳しかったけど、いつも励まして愛情を持って接してくれた。」と思ってくれたらなあと思います。
Commented by とんがらし at 2013-12-11 15:00 x
何年もの間、そして幾件かの専門の療育機関に子供と通いましたが、とうふさんの仰られるような「成長の芽をつぶす甘やかし」のように思える指導にたくさん出会いました。
『障害を受け入れる』という意味を、『障害だからできなくてもいい』にいつのまにか置き換わってる人たくさんいると思います。できないことを無理してまでやる必要は無いけれど、ゆっくりでもやり続ければできるようになることを本人から奪ってしまう現実。それが善意から発することだからこそ怖いと思うことがあります。

「愛のあるスパルタ」良い表現だと私は思いますよ。
ただのスパルタとは次元の違う、根性論とも違う。その人のことをじっくり長いこと観察しながら、有効なことを時に厳しい姿勢で対峙し続けて教えてくれる人。一見スパルタ風にみえて、でも、まず「愛」がないと無理だと思うので。

ただ。
ASの人にはとうふさんのように「愛がある」ことをしっかり区別・認識できる人もいる一方で、二次障害だったりこれまでの境遇如何で誤認識してしまう人もいるのも事実だとも思います。
「愛」がどういう形で表れるかの認識を、ある程度正確にできる精神状態にある人々限定、かもしれませんね・・・。
Commented by ROMからも一言 at 2013-12-11 17:46 x
ブログ主さんの適切なコメント捌き、ありがとうございます。おかげで建設的な議論が展開してますね。

支援する側・受ける側で「愛がある」か否かの認知にズレがあると、『愛のあるスパルタ』は成立しないと言うご指摘、激しく同意です。とんがらしさんはアスペ当事者さんの『誤認識』に言及されましたが、私は支援する側(多くの場合、定型多数派)の『誤認識』も大いにあると感じてまして。

折々お見かけするのは、定型多数派のやり方をそのままコピーして同じ成果を出せるよう『叱責して』あげる事が、アスペ当事者さん『本人の事を思って』いる事なのだと本気で信じている方……これは唯々、ASDおよび当事者さんの特性に対する理解が欠けているだけで、勘違いしちゃってる”支援者”さんには確かに好意すなわち「愛がある」から、ややこしいんですが。

「愛がある」事の根底には、支援する側・受ける側の”相互理解”、相手が自分にとって一風変わったやり方をしても受容できる”余裕”が必須だなぁと思います。
Commented by ROMから補足 at 2013-12-11 18:20 x
連投恐縮ですが、実は……「相手が自分にとって一風変わったやり方をしても受容できる”余裕”」を持ち続ける事が、一番しんどかったりします。

私なんぞブログを拝読し、時折コメントさせて戴いてるだけですから、ブログ主さんとは良い感じでお付き合いさせて貰ってますけど……毎日、アスペ当事者さんと接している”支援者”の方は、たとえ実の親御さんでも大変だろうなぁとしみじみ思います。確定診断が付くほどのアスペ当事者さんであれば、定型多数派との”違い”は相当大きいわけで。

精神力・体力の許容量が大きい『前の上司』氏だからこそ、ブログ主さんに『愛のあるスパルタ』指導が出来たのだと思います。『前の上司』氏との出会いこそが、単に強く願うだけでは実現しない稀有な”奇跡”だったのでしょう。
Commented by ハピハピ at 2013-12-12 21:02 x
横レス失礼します。

私が経験したのは、まさにROMさんの指摘された「勘違いのややこしいケース」です。
上司とは公私ともに付き合いがあり、私自身、相手の私に対する思いは感じておりました。
当時の口癖は「俺は今から鬼になる。血を吐いてでもお前を一人前にしてやる」でした。
プライベートでは兄弟のような間柄だったからこそ、成果に表せず、叱責を受け続ける日々は地獄でした。愛憎とはこういうものか、と思いました。

体調を崩し、結局その会社は退職してしまいましたが、冷静に見れば、ROMさんの指摘される条件があれば、もっと建設的な関係を保っていられたろうと思います。

定型とはプロトコルが異なるのだ、という相互の理解あっての指導が最低限、必須と思います。

Commented by ハピハピ at 2013-12-12 21:04 x
>管理人様
過去の経験がフラッシュバックし、感情的な文面となったこと、お詫びします。
とうふさんのいらっしゃる環境は素晴らしいと思いますし、まさにメンターと呼ぶべき方に逢われたのも、とうふさんがお持ちのひたむきな向上心ゆえと察します。

発達障害というものは、発達の仕方が異なるだけで、適切な指導のもとでは一定度の成果が出せる、ということを体現されているのには、とても勇気づけられます。
愛あるにせよスパルタにはやはり反対ですが、適度なハリと緊張感のもと、適切な指導を推奨するのは歓迎です。

今後も職業人として活躍し続けられることを、祈念しております。

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by abcde354 | 2013-11-24 22:16 | ひとり言 | Comments(10)

成人アスペルガー症候群当事者とうふ(2006年確定診断済)が綴る、アスペルガー的社会人生活。


by abcde354